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Fiction

JapanTokyo

十月、三つの看板だけが無事だった

これは、流出の後始末をしていた人から聞いた話だ。 その年の十月、この国では毎日のように「お詫び」が出た。本屋の会員証、電車の予約、飲食店のアプリ、娯楽施設の会員。合わせて数千万人ぶんの名前とメールアドレスが、どこかへ流れていった。 ところが、誰もが財布に会員証を入れている三つの看板だけは、最後まで無事だった。家具のR。モールのH。服のE。 理由がある、とその人は言った。狙われた理由も、狙われなかった理由も。 一 請けた男 依頼は、表計算のファイル一枚だった。 会社の名前が四十一行。入り方の指定はない。「入れるところから入れ。盗るのは会員の名簿だけ。金は要求するな」とだけ書いてあった。 男はこの仕事を十五年やっているが、金を取るなと言われたのは初めてだった。 もうひとつ、妙なことがあった。名簿の途中に、消し線の引かれた行が三つある。R、H、E。 消した理由を訊くと、仲介人は笑った。 「そこは、もう済んでる」 支払いは前金で、出どころは広告代理店の下請けの、そのまた下請けだった。 請求書の品目は「広報効果測定」。 二 直す女 三日目の朝、彼女の会社の番が来た。会員は二百万人。お詫びの文面を書き、記者の電話を受け、社長に頭を下げさせた。 翌朝、まだ誰にも原因を説明していないうちに、一通の案内が届いた。 「政府認定・安心セキュリティ導入支援のお知らせ。補助率は三分の二。今月中の申し込みに限り、審査なし」 差出人は、聞いたことのない協議会だった。 社長は飛びついた。断る理由がない。入れていない会社から順番にやられている、と新聞にも出ていた。 導入の日、作業員は一時間で帰った。箱をひとつ置いて、線を二本つないだだけだ。 その晩、彼女は通信の記録を眺めていて、手が止まった。 箱は、十分おきに外へ何かを送っている。宛先は国内ではない。海の向こうの、大陸の数字だった。 送っている量を足すと、ちょうど会員名簿ひとつぶんになる。それが毎晩、続いていた。 協議会に電話をした。「正常な動作です。脅威情報の共有です」と、明るい声が言った。 加盟している会社の一覧を見せてもらった。 いちばん上に、去年から入っている三社の名前があった。R、H、E。 三 何も知らない男 彼は、テレビで国会を見るのが好きだった。 九月まで、野党は毎日同じことを訊いていた。保守連合の霧島内閣が、政府の広報費を九十億円に倍増させた件だ。誰に払ったのか。何を宣伝したのか。総理はそのたび、紙を見ながら同じ答えを読んだ。 十月に入ると、その質問は画面から消えた。 朝も昼も夜も、流出の話だった。あなたのメールアドレスは大丈夫ですか。パスワードを変えましょう。専門家が出てきて、認定のセキュリティを入れていない会社が危ない、と言った。 彼は言われたとおりにパスワードを変え、怖くなって、やられた店のアプリを消した。 週末、妻と買い物に出た。棚を買い、食料を買い、子どもの上着を買った。 Rと、Hと、Eで。 「ここは大丈夫だったもんな」と彼は言い、三枚の会員証を順番に出した。 レジの奥で、小さな箱の灯りが、十分おきに一度だけ瞬いた。 その人は最後にこう言って、席を立った。 狙われなかった三つは、守られていたんじゃない。とっくに、取られ終わっていたんだ。 狙われた四十一は、まだ箱を置いていなかった。それだけのことだよ。 次の国会は一月に始まる。 その前に、また何かが漏れるはずだ。今度は、あなたがまだ箱を置いていない何かが。

This story is fiction. Any resemblance to real people, organizations, or places is coincidental.

Original language: Japanese (use your browser's translation to read it)

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